永遠の命

昔、学生の頃…永遠の命に憧れた。

実際のところ人間は永遠に生きることは出来ないし、仮に生きれたとしても地獄に思えるんだと思う。
よくあるSF小説の悲劇の主人公の末路のような小難しいことはさて置いて、その頃のボクは『自分がいたという証をどこかに永久的に残せないものか』と毎日考えて過ごしているたワケです。
ほとんど幼少期の星野哲郎な考えの持ち主だったボクが真っ先に行き着いた答えが、『有名人になる』こと。
平たく言えば芸能界である。
芸能人になればビデオ、CD、今ならDVDといったメディア媒体に自分の音声や映像が半永久的に残せると思ったから。

しかしながら、さして見てくれに自信があるわけでもなく『自分の映像を残す』という事にはそれほど興味がなかったので、声で仕事の出来る声優業界に飛び込んだりもした。
まぁ、金銭的に潤った生活が決して出来るお仕事ではなかったので、途中で方向転換をせざるを得なかったのですが…(´・ω・`;)
それからは転々と職を変え、いつの間にかそこそこ使えるようになっていたパソコン技能を駆使してインターネットな仕事をしてたりするわけです。
まだ『パソコン通信』から『インターネット』という呼称に変化しつつあるような、古き良きネット時代とされている頃よりちょっと出遅れたくらいの時期からPCに触れ現在に至るのですが、この機械的な世界は【記憶端末】の集合体であり、子供の頃憧れていた『永遠の命』が見え隠れしていた事がボクにとって魅力だったんだよね。


この世にインターネットがある限り、永遠に自分の記録(記憶)が残せる。

そう思っていたんだけど、最近は著作権がどうだの、モラルがどうだので一瞬にしてその記録を消す事が流行っている感じ。
最近目立ったのはテキスト系ニュースサイトを集団で潰しして、『弱い者イジメ万歳』みたいな風潮。
(まぁ、その手のサイト側にもその掲載内容や手法に問題が色々とあったワケだけど)

『記憶端末の集合体(集団)=インターネット社会の姿』

インターネット社会が記憶抹消の危険分子を含んだ集合体である以上、結局のところ記憶の永遠と刹那はものすごくギリギリの関係。
この危うい関係を回避するためにはオリジナルの複製を作り続ける事だけなのかも知れない。
だから、人間は子供を生むのか?

数年前に始めた日記『いいじゃないですかっ!』は全く更新してないけど今日見たらいまだ健在。
その複製として作られた『コカコーランダー』。
そして、更に複製として『CocaColander 2nd』(更新する気あまり無し)。

日記サイトはこれ以上増やすのヤメにしとこうよ…。俺。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする